2006年09月12日

ニュージランドの思い出

自分の過去をさかのぼり、35年前の記憶を紐解いてみる。
 
はたちの頃、学園紛争が吹き荒れ、全共闘と民青がはげしく闘争していた。
中川会館封鎖とか、火炎瓶のなげあいとか、いろいろあった。
そのころ、大学というものに魅力がなくなり、所属していたえさっさ(ESS)を退部した。
 
そんなとき、ふと 「若い力」という本が目にとまった。
「若い力」は海外青年協力隊」の機関紙のようなもので、
協力隊員の生き生きした活躍が魅力あるものに感じられた。
 
残念ながら、海外協力隊としての参加はできなかったが、
海外で働きたいという願望は大きく広がった。
 
そんな願望が、N社に入るきっかけとなった。
そしてニュージィランド全土に、電話交換網の受注が決定した。
それまでは、オペレーターがいちいち手動で接続していた。
 
現地で実際にアドバイザーとして施工したのは、600回線までの
小さい交換機であった。
ワレアというところの交換機は牧場の片隅にあり、まわりには羊が
たわむれていた。ほんとうに小屋のような建物であった。
いっしょに働くニュージランド人はいいやつばかりであった。
よく飲みにいったし、家にも招待してくれた。
マークやギャリーはどうしているかな。
 
ニュージランドはちょうど日本とは赤道わはさんで反対側に位置し
温暖でほんとうに住みよい国である。車で走っていても羊が横断中は
ずっと通り過ぎるのを待ったものである。
またロトルアという町にも、2ヶ月ほど滞在したが、温泉が湧き出る
いい町である。
もういちど、いきたいとおもっている。
自分で工事した交換機のその後を確かめたい。
 
 
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posted by 人生の楽園 at 21:30| 滋賀 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 妻との約束 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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